メッセージ

職人を目指す

これだという気負いもなく、与えられた感のあるケーキ職人の修行に入ったのは大学を卒業して23歳の遅いスタートでした。東京の有名店では北海道ののんびりとしたリズムと相当ギャップがあり、辛かったのを覚えています。そんな私でしたが、思いのほか野望は大きく、何ごとも1番になると決めていましたので、気合いは入っていたと思います。

フランス菓子との出会い

とにかくその頃、食べるもの食べるものがおいしく冷蔵庫にあったペイザンヌシブストを仲間と一本食べ尽くしました。目に入るもの口に入るものすべてが新鮮で夢中で、驚きの連続でした。

※ペイザンヌシブスト…フランス伝統菓子のりんごを使ったパイ(右写真)

驚嘆のエスプリ

例えばフォレノワール、出会った時に感動したケーキのひとつです。フォレノワールに使われるパートは、スポンジ・ショコラクレーム・シャンティ・チョココポですが、このスポンジに使われる砂糖は角砂糖です。なぜならオレンジの香りをつけるために職人は何十個という角砂糖でオレンジの皮をこすり、香り立つオレンジのスポンジを焼き上げるのです。貴族のため一人の王様のため惜しみなく使われる手間ひま、マリーアントワネットから240年のガストロノミ—のエスプリにただただ敬服!

創業者 故中澤誠一、りんごを使ったパイの写真

菓子職人として

おいしいものを作りたいと思えば思うほど、自己犠牲が生じる、作りたいものと売れていくものの違いに悩む、お買い上げいただいたお客様の笑顔に心躍る、 作る以上に職人としての、生き方に迷った時代です。

迷いとスタート

逃げたいと思った訳でないが、東京の店をたたんだ、べつの思いが湧き出たのかも知れない。本物を見てみたい、自分は正しいのか・・・・。

パリでの生活

ノスタルジック好きではないのですが、セーヌ河を見ながらこれはかなわないと、とにかく脱帽した。色が違う、空気の軽さが違う、個と個がぶつかりあう音が伝わってくるよう、ただただ圧倒された1年でした。しかし修行の辛さは全くなく、多くの先輩たちのバゲットと安ワインの修業時代のお話を聞くと、穴があれば・・・・。

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生まれ故郷

北海道・函館は宝です。
素晴らしい自然から生まれる作物は豊かな恵みと幸せをもたらしてくれると感じます。それに自分を育ててくれたところを大切にしたいとも思います。

雪は降る・・けど

そんな訳で函館に店を出すことになり1992年に乃木町にオープンしましたが、気負えばこけるもので、フランス菓子って??でしたね。サロンで一人、暖炉の前に座ってお客様を待った日が思い出されます。

それでも作る

当店のスペシャリティの中にロワイヤルというケーキ(写真右)があります。アーモンドビターのエッセンスで独特の香りを持っています。私の妻は最初この味は理解できないと食べるたびに顔をしかめていましたが、20年経った頃からこの香りが、たまらないわ。 さすが、フランス菓子の深さねと賜っていました。自分の好きな物を作り続けてこそ、この声が聞こえるのです。

フランス菓子の素晴らしさ

調和させ味を作る、個性を生かしながら混ぜる、一見矛盾ですがそこに、作るという意義(意味)があると感じます。
人と人もきっと同じですね。まだまだ、奥深いこの食(職)世界ですが、歩き続けます。

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ペシェ・ミニョンの将来

・・・・・。~2007年11月夢半ばに急逝。その後、中澤美樹(現代表取締役)がその遺志を継ぐ~

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